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夢よもう一度!? ニュース記事に関連したブログ

2012/03/28 02:33

 

確かにあのバブルの時代はすごかった。プラザ合意でどんどん円高になり、金融緩和をきっかけにして経済はお祭り状態。株価がどんどん上がり、不動産は飛ぶように売れ、学生はいとも簡単に就職内定がとれて、しかも内定者パーティーを客船一隻借り上げてやるような時代だった。夢よもう一度、という気持ちは分からないでもない。

 

もっとも、復興特需、日銀のインフレ目標導入によるかつてない金融緩和、…と現在の状況をみれば、確かにバブルを生み出す経済的基本条件はある程度揃っている、とも言える。

 

ただ、経済的に上向くとしても、それは復興需要のある岩手県、宮城県の被災地周辺と、経済成長著しい中国韓国に近く震災の悪影響もあまり受けなかった西日本が中心となるのではないか。例えば、著者が先日訪れた岡山市では、東日本から移住してくる人が多いためマンション市場が好調で、新しく売り出してもすぐに売り切れるような状態であるという。ここは病院が多く、医療的に優れた環境であるため、特に退職者に好評なようである。

 

逆に原発事故の影響が大きい福島県周辺や首都圏では、あまり経済上昇はないかもしれない。首都圏でも放射能や液状化、相次ぐ余震などによるイメージダウンは避けられない。西日本では大学に進学する生徒が首都圏を避ける、という傾向もあるようである。今後東京電力の電気代大幅値上げも予想され、放射能不安も相まって暮らしにくくなったり、経済的競争力が低下したりすることも考えられる。

 

まあ、今更再びバブルになっても、また大きな揺り戻しがあるであろうから、そちらの方が怖いという気がしないでもない。経済や金融で飯を食っている人はバブル万歳かもしれないが、筆者のような一般人にとっては、ハイリスクハイリターンよりもローリスクローリターンの方がはっきり言って暮らしやすいのですよ。リスクヘッジという言葉もあるではありませんか。やはり何でも波は小さいのが一番です。

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がれき受け入れは、実は復興に効果なし ニュース記事に関連したブログ

2012/03/26 02:56

 

あるニュースによれば、広域処理で処分される予定のがれきの量は、全体の20%程であるという。これが事実ならば、全国でどれだけがれきの受け入れを表明したとしても、処分されるのはごく一部に過ぎず、結局は現地での処理体制が整わない限り、いつまで経っても被災地のがれきはなくならないこととなる。

 

考えてみれば、あれだけ膨大な量のがれきを運ぶのも一苦労である。そもそも被災地周辺は、もともと交通インフラが貧弱な地域である。鉄道は線形の悪い単線ローカル線があるのみで、高速道路もあまりない。しかも、震災でこれらは寸断されている。大量の物資を運ぶのには適しておらず、輸送は困難を極めるであろう。現在のように首都圏のみに細々と貨物列車で輸送するだけならば何の問題も生じないであろうが…。

 

また、大量の物を遠くへ運ぶと膨大な輸送コストもかかる。つまり、広域処理で短期間に大量のがれきを処分するのは、物理的にほとんど不可能なのだ。結局は現地で処分した方が早い、ということなのであろう。戦争における兵站の問題を挙げるまでもなく、物資の輸送能力は事態を根本的に規定する因子である。

 

この度の大震災はあまりにも巨大であるがゆえに、これまでの常識は必ずしも通用しない。我々は、安易な感情論に惑わされることなく、冷静に物事を見つめる必要があると言えよう。

 

 

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巨人軍は永遠にフケツです ニュース記事に関連したブログ

2012/03/26 02:16

 

題名の言葉は、今は無き広島市民球場のバックネットに昔観客がよじ登って掲げたものである。なぜか今回の騒動で、真っ先に思い出してしまった。

 

元巨人軍球団代表の「反乱」もそうだが、これまででは到底起こり得なかったであろうというような事件が最近よく起こる。これも、東日本大震災以降、日本全体が「躁状態」のような、ハイで攻撃的な心理状態となっていることの表れなのかも知れない。

 

いずれにしても、これらが「社会の膿」を一掃するような方向に動けば何ら問題はないのであるが、「集団ヒステリー状態」となってレミングの群れのように一直線に破滅に向かうようであれば、注意が必要であろう。

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関東の産業空洞化の方が、余程心配である ニュース記事に関連したブログ

2012/03/26 00:18

 

もはや聞き飽きた感もある「原発ゼロで日本の産業空洞化」論であるが、それよりも余程差し迫った問題が実は存在する。それは、当ブログでは度々指摘してきた、

 

「東京電力の急激な電気料金値上げによる、関東地方の経済衰退の危機」

 

である。

 

もし原発の再稼働を進めたとしても、東京電力で再稼働可能であるのは当面、柏崎刈羽原発の7基のみである。もっとも7基をいっぺんに再稼働させたら、13ヶ月後に検査で全て停止しなければならなくなるので、同時に稼働できるのは4基前後であろう。よって、原発が低コストであったとしても、東京電力管内ではその恩恵を受けることはほとんどできない。

 

しかも、原発事故の補償コストが今後飛躍的に増大する可能性が高く、そうなればそれらの費用を賄うために、電気料金を急激に値上げする必要が生じる。結果として、日本の他の地域と比較して、関東地方のみが突出して電気料金が高額、ということになりかねない。事実、現在の時点で15%前後などという高率の値上げを表明しているのは、全国で東京電力のみである。

 

上記のような筆者の懸念は、既に現実のものとなりつつある。先日、山梨県のスーパーの団体が、東京電力の電気代値上げに懸念を表明、というニュースが流れた。山梨県は東京電力管内であるが、隣の長野県は中部電力である。東京電力の電気代が高くなれば最終的にスーパーの品物の値段を上げざるを得ず、そうなれば値段の安い長野県のスーパーに客が流れて商売が成り立たなくなる恐れがある、というのである。

 

他の業種でも、電気を全く使わない所など基本的に有り得ないであろうから、東京電力の電気代値上げによって電力コストが飛躍的に上昇すれば、関東地方の産業にとって大打撃であろう。ある所はコストカットのために他の地方に工場やオフィスを移転し、それができない所は競争に敗れて事業を縮小、あるいは廃業、ということになるかも知れない。いずれにしても、近い将来起こり得るのは、日本全体というよりはむしろ、関東地方に限局された経済的地盤沈下、ということになる。

 

東京電力を組織として温存する現在の方針を続ける限り、いずれこの問題が表面化することになると思われる。本来ならば、経団連のような団体が、混乱が起きる前に警告を発するべきであろうと思われるのだが…。原発事故は解決に十年単位の時間を要する。少なくとも、「当面の苦しい時期をじっと我慢していればなんとかなる」という種類の問題ではない。「原発ゼロで日本の産業空洞化」よりもはるかに現実的で差し迫った問題がある、という危機感を、もっと多くの人が抱く必要があるのではないか。

 

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学校給食は「子育ての社会化」である ニュース記事に関連したブログ

2012/01/23 00:31

 

学校給食は食の教育に役立つ、というが、そもそも食に関するしつけ、教育は家庭で行われるべきものである。それを一律に学校で行うというのは、社会が「理想の子育て像」を規定し、本来親が行うべき子育てを社会が一律に行う、「子育ての社会化」に基づいた発想ではないだろうか。

 

現在では改善されているものの、かつての給食は、日本の伝統的な「米食」ではなく「パン食」であり、また「先割れスプーン」による食器使用マナーの低下が指摘されるなどひどいものであった。こうしたことが、長期間にわたって全国一律に日本の食文化に悪影響を与えた面は否めないのではないか。

 

しかも、学校給食の導入は、地方自治体の首長選において「住民サービスの向上」として公約に組み込まれ、促進された、という側面ももつ。確かに親にとっては、子どもの弁当を作る手間が省けて好都合であるので、有権者の票を集める手段として有効であったろう。しかしこれは、本来家庭で行うべき子育ての一部を放棄し、社会に丸投げする行為そのものであるとは言えまいか。

 

「子育ての社会化」とは、子育てにおける役割の比重を、個々の家庭から社会全体に移そうとする態度であり、例えば「保育所の整備」もこれに含まれる。その発想は本来的に「社会主義的なもの」といえ、学校給食が戦後~高度成長期の間に整備、拡充されていったことを考えれば、これは全国総合開発計画、護送船団方式と同様、「世界で最も成功した社会主義政策」の一つに数えることもできよう。

 

このような「子育ての社会化」は、伝統的な日本の家族制度を崩壊させるとして、「保守主義を掲げる人々」により従来否定されてきたのであるが、これらの人々がなぜか学校の給食制度にはあまり反対していないようにみえるのは、奇妙な現象であるともいえる。これも、日本において「保守主義とは何か」ということが必ずしも明確ではなく、その価値観に混乱がみられることの反映と言えるのではないだろうか。

 

 

(追記)

1月22日【産経抄】より抜粋、および感想

 

「サンマの煮付けとコッペパンなど変な取り合わせも多かったかな」

 

…これこそまさに「伝統的な日本食文化」への破壊行為。

 

「脱脂粉乳はまずかったです」

「脱脂粉乳は米国からの輸入だけに、「余り物の押しつけだ」などの批判が渦巻いた。『戦後史開封』によれば、左翼系雑誌は脱脂粉乳の放射能汚染問題を取り上げた。「脱脂粉乳の輸入は原子力潜水艦の寄港と同じだ」というビラも配られた。」

 

…当時米国では牛乳がだぶついており、その処理のために、米国占領下の日本で給食に脱脂粉乳を加える策が促進された、という話を昔筆者は聞いたことがある。もしこれが本当だとすれば、いくら当時の日本が食糧難であったとはいえ、余り物をマズイ脱脂粉乳の形にして(そうしなければ確かに輸出は不可能だろうが)日本の子どもに一律に与えるというのは、まさに国辱的出来事とは言えまいか。かつて米国には「犬と日本人は入るべからず」という看板があったというが、これと同等の発想とみることもできるであろう。この問題に関する限り、「左翼系雑誌」を書いた人の方が余程愛国的なようにもみえるのだが…。

 

 

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前例なき事態にどう対処? ニュース記事に関連したブログ

2012/01/18 02:57

 

放射性物質に汚染された砕石がコンクリート骨材として使用され、建造物から比較的高線量の放射線が検出されたという。ここで一応留意する必要があるのは、「年間1mSv以内」とされた除染基準だろう。例えば建造物から0.3μSv/hの放射線が検出されている場合、年間線量は、

 

0.3×24×365 = 2628μSv = 2.628mSv

 

となり、除染基準を超えてしまう。除染の手法としては、一般的には表土を削る、ということになるのだろうが、建造物が原因の場合は、建造物自体を取り除かなければ当然線量は下がらない。下手をすれば、福島県内のあちこちで、一旦作った建造物を取り壊す、などということが必要になる恐れもあるのではないか。

 

面倒な事態にならなければよいが、これは「ただちに影響がないから」云々の問題ではない。法治国家である以上、一度作った基準は遵守しなければならない。放射線に関しては、今までの前例は通用しないことが多く、これからも突然のように「予想外のことが現出する」ということが起きるのではないか。東日本震災後を生きる我々は、そういったこともある程度織り込みながら日々を過ごす必要があるのかもしれない。

 

 

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綱領なき民主党と、定義なき保守 ニュース記事に関連したブログ

2012/01/15 03:09

 

民主党が綱領を持たないことは、この党の抱える弱点の象徴のように語られている。だが、片や自民党の方はどうなのか。自民党に限らないが、筆者は、日本の保守勢力が、その依って立つ確たる定義を必ずしも有していない、ということが、今の政治状況の根底に大きく横たわっていると考えるのである。

 

例えば、英国の保守の定義を一言で表すと、「進歩への懐疑」であるという。「進歩」とはすなわち、科学技術を信頼し、それを積極的に用いて社会全体を改造していく態度であり、それに対して保守主義者は懐疑の眼を向けるのである。確かに、この度の原発事故でも分かる通り、科学技術にはしばしば重大な落とし穴が存在するので、これに一定のチェックをかけることは、社会にとって必要不可欠な営みであるといえる。そして、「進歩」に対置し得るものとして真っ先に挙げられるのが「伝統的な価値」であることを考えれば、保守主義者がこれを重んじる理由も十分に理解することができる。

 

このように考えると、「進歩への懐疑」というのは、英国だけでなく一般的な保守勢力の定義として適用可能なものであるといえよう。では、日本の保守勢力についてはどうなのか? 例えば、自民党の「保守本流」とよばれる流れが、高度成長期以来推し進めてきた政策を列挙すれば、「所得倍増計画」「全国総合開発計画」「日本列島改造論」「護送船団方式」等々となる。

 

だがこれらは、「進歩への懐疑」というよりはむしろ、科学技術の成果を総動員して社会を改造していくものであり、その意味で本来の保守のとるべき態度とは正反対であるといえる。これらの政策はソ連の「五ヵ年計画」や中国の「大躍進政策」も真っ青のバリバリの社会主義的政策であり、「世界史上最も成功した社会主義政策」と言われる所以である。

 

問題は、これらの政策が行われたことではなく、日本の保守勢力が掲げる理念の中に、これらの政策を整合性をもって位置づける営みが、必ずしも十分ではなかった、ということにあるのではないか。そしてこのことが、保守勢力の理念の混乱や確たる定義の不在といった事態を招き、ひいては政界の混乱や政策の迷走につながっているような気がしてならない。政策とは、ただ単に文章や数字を羅列すればよいというものではなく、それらは整合性をもった理念に裏打ちされていなければならない。整合性のない政策はしばしば暴走し、朝令暮改や国債の乱発といった結果を招く。

 

そしてこのことは、原発に対する態度についても当てはまるのではないか。現在の日本では、「保守的な」人ほど原発賛成のように見受けられるが、よく考えるとこれは実に奇妙な現象である。原発は文字通り「科学技術の成果の塊」といえ、よって本当の保守主義者ならば真っ先に「懐疑の眼」を向けなければならない筈だからである。

 

今回の事故で、原子力安全委員会や原子力安全・保安院など政府の原子力専門家は水素爆発を全く予見することができなかったと言われている。福島第一原発の運転員は非常用復水器の扱いに習熟しておらず、結果としてメルトダウンを早めた可能性も指摘されているし、原子炉の構造上ベントで水素爆発が誘発されたという説まで浮上している。このような「科学技術の落とし穴」に目を向け、「原発」という技術に重大な疑義を呈することこそが、現在の日本の保守勢力がとるべき本来の態度とは言えまいか?

 

こう考えてみると、「保守的な人々」の、もう一度事故を起こせば今度こそ日本を壊滅させかねない原発に対する態度、さらには、日本人のDNAに将来長い期間にわたって悪い影響を及ぼす可能性のある放射線に対する「鈍感さ」こそが、日本の保守勢力の定義の不在、理念の混乱を表しているのであろう。そして、この視点に立てば、口では「日本を愛している」と言いながら、実際はその全く逆の事をしている多くの「保守を掲げる人々」の存在が明らかになってくるのではないか。

 

 

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「指導者の資質」ね… ニュース記事に関連したブログ

2011/12/25 01:34

 

「病気で途中離脱した者の、不完全な回顧録」といったところか。「指導者の資質」と言うが、当時は震災の直後で、しかも原発が重大な事態に陥るかもしれないという、まさに「土壇場」。有事に「沈思黙考」や「大局観をもって事にあたる」余裕などあるはずがない。むしろ怒鳴り声で矢継ぎ早に指示を出すことこそふさわしいような場面だったろう。

 

しかしこの文章にも注目すべき点はあるようだ。どうやら菅首相は、ベントがなかなかされないことに苛立っていたようである。とすると、「菅首相が原発に行ったからベントが遅れた」という話は何だったのか? デマや流言飛語の類だった、ということだろうか? まあ、「科学的に根拠がある話」でないことだけは確かだろうが。

 

永田町周辺に出入りした経験が多少でもある人ならば分かるかもしれないが、ここでは様々な思惑の下、「海のものとも山のものともつかない情報」が日々流れている。そういった類と思われる話がノーチェックで全国にされた、ということこそが、震災当時の、「一億総『躁状態』」とも言える一種異様な状況を表していたのかもしれない。

 

もっとも、マスコミや大新聞までもが、その状況に少なからず影響を受けていたように見えたのは、憂慮すべき事態と言えなくもないであろうが…。

 

 

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原発を再稼働しても、東電のコスト高体質は改善不可能 ニュース記事に関連したブログ

2011/12/22 22:57

 

発電コストの問題については、「原子力発電コスト安」説は正しいとか間違っているとか、またそもそも純粋な発電コスト以外の費用も計算に含まれているとか、最近様々な主張がなされている。しかし、これらの問題はさておいて、火力発電が高くつくと仮定すると、今後原子炉の再稼働を進めたとしても、東電の高コスト体質は、実は相当長期間にわたり、改善することは不可能なのである。

 

それは以下のような理由による。この度の事故で、福島第一、第二の10基の原発は使用不能となった。よって東電所有の原子炉で残ったのは、柏崎刈羽原発の7基しかない。原子炉は定期的に止めて検査することも必要なので、フルに稼働させたとしても一度に4~5基稼働させるのが精一杯であろう。よって、東電の全発電量に占める原子力発電の割合は相当長期間低下せざるを得ず、その分コストが高いとされる火力発電に頼らざるを得ない。

 

原子炉を新規に建設するにしても、環境調査や立地予定の地元との交渉などが必要であり、これまでの例からみて10年単位の時間がかかるであろう。もっとも、事故を起こした会社に、それでも原子炉を作ってもいいですよ、と言う「寛容な」地域が存在すれば、という仮定の上での話であるが。 

 

よって、少なく見積もっても10~20年の長期にわたって、東電の発電コストが高い状態が継続することになる。しかも、その間に他の電力会社で原子炉の再稼働が進めば、東京電力と他の電力会社との間で火力発電の割合に大きな差が生じ、その結果、関東地方だけが日本の中で突出して電気代が高くなってしまうことになりかねない。そうなれば、企業は電力コストを嫌って次々と他の地方に脱出し、関東地方の産業は衰退してしまうかも知れない。

 

そもそも、原子炉の稼働停止は全国一律で起きているにもかかわらず、東電だけが家庭電気料金20%upなどという大幅な値上げをしようとしていること自体、真の原因は火力発電のコストではなく廃炉・補償コストにある、と考えざるを得ないであろう。

 

原発推進派の、「東電を組織として温存して、『原子力発電コスト安』説のもと原子炉再稼働に邁進する」という幻想は、もはやどう考えても論理的に破綻している。これは、専門家によるコストの詳細な検討、などといったこと以前の話である。ここは、可及的速やかに東電を国有化し、与えられた条件の中で、リストラや技術革新など様々な努力で純粋な発電コストをできるだけ抑えた上で、それでも足りない分については税金を投入するより他に方法はないのではないか。

 

 

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民主化した国にはすぐれた救急医療がある ニュース記事に関連したブログ

2011/12/21 00:02

 

心筋梗塞の治療は一刻を争う。心臓の筋肉はすぐに壊死するので、それまでに心臓の「冠動脈」の血を再開しなければならないからだ。その治療法には、カテーテルにより血管を拡げるものや「冠動脈バイパス手術」があるが、これら心臓の治療には医師の高度な「職人的技術」が欠かせないものが多い。

 

問題は、この「職人的技術」は、ある一定程度の症例を常に経験していないと維持できない、ということである。つまり、症例数が少ないと技術を会得できないし、いったん会得したとしても腕がなまってしまうのだ。

 

ここで、常にある程度の数の心筋梗塞患者が病院に来るような社会の条件を考えてみよう。そのような社会は、恐らくある程度豊かで、病院も整っていて、医療保険制度がきちんと整備されているであろう。要するに、一般国民が高額な心筋梗塞治療を普通に受けられるような社会でなければ、心筋梗塞を治療する医師の技量は維持できないのである。そして、そのような社会は、民主主義が発達していないと成立し得ないのである。

 

外国から優秀な医師を呼び寄せればいいではないか、という人もいるかもしれない。しかし、先に述べたように、心筋梗塞の治療は一刻を争うので、事が起こってから外国に問い合わせてもそもそも間に合わない。それならば前もって招いていたら、と考えることもできるが、心筋梗塞はいつ発症するか分からないし、心筋梗塞の症例の少ない国に来れば優秀な医師でも腕がなまってしまうので、いざという時に力を発揮できない、ということになる。

 

以上をざっくりと要約すれば…

 

民主主義が発達した国 ⇒ 心筋梗塞に対応可能

(ただし、偉い人も貧乏な人も、同じように治療しますよ、ということ)

 

民主主義が発達していない国 ⇒ 心筋梗塞に対応不可能

 

ちなみに、脳梗塞であれば薬物治療が中心なので、診断ができて治療法を知っていればよい。つまり、職人的技術は必要なく、よって民主主義が発達していない国でも特別治療チームを編成すれば対応可能である。

 

この度のニュースで、筆者は以上のようなことを考えてしまったが、皆さんはどのようにお思いであろうか?

 

 

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